少し専門的な話になってしまいますが、インプラント治療はすべての症例が同じ難易度ではありません。それこそ新人の歯科医師でもできる症例もあれば、熟練の歯科医師が細心の注意をはらって行わなければならない症例もあります。
患者さん自身で、「自分の症例は簡単だ(難しい)」など判断できればいいのですが、残念ながら骨の量や密度などはご自身では分かりえないものです。
ここでまず必要になってくるのが、精密なCT検査です。
CT検査をすることによって、
「骨の厚みや量はどれくらいか?」
「神経や血管がどこを通っているのか?」
が正確に立体的に把握できます。
逆にいえば、CT検査を行わずにインプラント治療を行うことがどれだけ盲目的な治療で危険か
を知るべきだと思います。中にはCT検査を行わずにインプラント治療を無事終えた患者さんもいらっしゃることでしょうが、それは本当に運が良かったと言ってもいいくらい、CT検査は安全にインプラントを行う上では、最低限必要な行為です。
そうした精密な検査を行ったうえで、次のような注意が必要なケースかどうかが判断できます。
歯周病や歯の喪失が原因で骨が必要な量よりもやせてしまい、インプラントを入れるための骨幅が不足している場合があります。通常、約10mmの骨の幅がないとインプラントを埋めることが難しいのですがそれ以下の幅のケースです。
この場合、GBR法(Guided Bone Regeneration)といって、日本語では骨誘導再生法と呼ばれている手法を用います。 骨が足りない場合に、人工の骨充填剤を入れて膜で覆うことで骨の量を増やす方法です。
また、インプラントを埋入する際に骨に切れ込みを入れたあと、そこを薄く2つにゆっくりと開き、サンドウィッチみたいにして、骨でインプラントを挟むスプリットクレスト法という手法を用いることもあります。
上あごの奥歯の手術は上顎洞という空洞に接近します。骨が十分ある方は全く問題ありませんが、骨の量が少ない場合、サイナスリフトやソケットリフトといった手法を用いて、上顎洞の粘膜を押し上げてそこに骨移植材・インプラントを埋めます。
かつては、こうした骨が十分にない方にはインプラントの手術ができませんでしたが、医学が進歩するとともに、こういった最新治療法によってインプラント適用が可能となりました。 しかし、治療法が確立してもそれに伴う技術力の向上がない限り、粘膜の損傷による手術の中止、インプラントや移植材の上顎洞内への脱落や上顎洞の感染などの失敗が起こりえるのです。
下あごの下には神経や血管が通っています。骨が十分にある方でも神経や血管の通る位置に注意をはらう必要があります。
太い神経は、今までの2Dのレントゲンでも確認はできるのですが、そこから派生する神経(側枝といいます)は、CT診断がなければ絶対に見えません。
「インプラント治療後に、麻痺や感覚異常を起こしている」といったインプラントの失敗症例の報告があるのは、太い神経のみならず側枝に接触したり損傷したりすることが原因です。
しかし、CT診断を行えば、立体的に骨の形態を把握できるため、血管・神経の損傷は十分防止可能です。
以上、3点説明してきましたが、たとえ患者さん自身が高齢でなくても(30~40代であったとしても)、骨の量や幅が足りないことや、神経の位置が近い場合もあります。
つまり、どなたでも注意を払う必要はあるのです。
しかし、逆に言えば、難症例に対応する技術力があって注意して診断さえすれば、決してインプラントは恐れるような治療ではありません。
患者さんのQOL(クオリティー・オブ・ライフ=生活の質)を大きく向上させる可能性を秘めた素晴らしい技術であると私は思います。